バリュエーションの割引率

何故割り引くのか

バリュエーションの現場では、DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)が採用されることが多くなってきていると感じております。DCF法は、時間価値を反映させるため割引計算を行いますが、この割引率の影響は大きく、また算定者の判断により大きく変動するため、そもそも株主価値の算定や鑑定にどれほどの意義があるのか悩んでしまうことも(個人的には)珍しくありません。

時間価値を反映させる必要があるのは自明です。では、どのように反映させるかは様々な意見があります。学問的には、対象企業に資金を投下しなければ得られていたはずの機会損失のようなものを割引率として考えなくてはならないとされます。マーケットの平均リターンが得られるのだと仮定し、これが投資家にとっての最低限の要求だと考えれば、マーケットの平均的な収益率で割引した現在価値が投資家にとって意義のある指標となります。

CAPMモデルの限界

実務上は、割引率をCAPMモデルで算出します。これは、アンシステマティックリスクが分散投資を背景に無視できること、リスクとリターンにより投資家が要求する期待収益率が変化するという前提があります。そして、リスクフリーレート、マーケットリスクプレミアム、ベータ値により割引率が算出されます。

しかし、分散投資を背景にアンシステマティックを無視できる状況が現実のM&Aの現場でどれだけあるのでしょうか。投資家はリスクとリターンにより要求リターンを変化させるのでしょうか。マーケットリスクプレミアムに日経平均やダウ平均を使用することが本当に正しいのでしょうか。これらの疑問に有効な回答はあまりなされないと感じます。上場されている銘柄は競争を勝ち抜いた企業の集団です、当然ですが上場廃止になった銘柄は指数の算定基礎から外れていきます。市場の平均収益率は、実際に市場に投資していれば得られた平均リターンではありません。

このように考えると、割引率一つをとっても非常に穴だらけの理論で、実務上使用されているものの、算定結果の信頼性は乏しいと言わざるを得ません。そのため、割引率は「自分が感覚的に決めるべき。」という著名投資家の意見もあります。あながち間違っているとは思えません。

M&Aの現場で影響が大きいのはアンシステマティックリスク

実際にM&Aの当事者となられる経営者の方が最も気を配るのはアンシステマティックです。企業個別の要因としての経営者のパフォーマンス、戦略の巧拙により、経営成績が事業計画通りにいかず、大幅な赤字になる可能性を最も気にされます。そのリスクを大きく感じるほど、成功した場合の要求リターンが大きくなってきます。

このように考えると、教科書通りの理論が通用する場面と言うのは非常に限られているとつくづく感じると共に、このような算定結果の信頼性に配慮することなく、機械的にコンサルタントをしてもお役に立てないと思うのです。

最も重要なのは本当は事業計画の評価

DCF法は、株主価値の算定方法として理論上は最も適切です。そして、算定結果は事業計画により如何様にでも変動します。よって、最も重要な評価業務の一つが事業計画の合理性を評価することです。しかし、事業計画の評価について多く語られることはなく、軽んじられる傾向にあります。実はバリュエーションを専門とする公認会計士のほとんどは、一般事業会社で事業運営した経験がありません。

M&Aの成否を決めるコンサルタントには、業界慣行として求められていなくとも、必要な知識と経験を集積し、研鑽を怠らないことが必要なのだと改めて感じます。

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